平野ノラ、先輩に導かれて“バブル到来”!

バブル世代のことはほとんど知りませんが、自分の親世代のことで、昔はこんな感じだったんだといううっすらとしたイメージでしかわかりません。バックのような巨大な携帯電話を型から変えて、ありえない程尖った肩パットを入れたジャケットを着る。これが当時の最先端だったのかもしれませんが、それから何十年もたつと時の人。ダサいと思ってしまうのは仕方のないことなのかもしれませんが、今の私たちが着ている洋服や流行の髪形も、何十年後科にはダサいと言われるものになるのでしょう。なんだか不思議ですが、流行とは過去と未来を行き来しているので、昔流行ったものが再度人気に火がつくこともありますね。

image

バブルの香りムンムンのネタでブレイク中のタレント・平野ノラさん(38)。オンリーワンのインパクトで、今や各番組から引っ張りだこの人気者になっています。ただ、最初から今のスタイルができていたわけではなく、バブルネタの裏には「その時ばかりは『抱かれてやってもいいか』と思いました(笑)」と語るほど、胸に染みた先輩芸人からのアドバイスがあったと言います。
人生で今が一番忙しい
よく「芸人になるまでは、ただのイイ女だった」って言ってるんですけど(笑)、ま、OLだったり、フリーターだったり、いろいろな仕事をしていました。これまで生きてきた中で、ありがたいことに、今が一番忙しくさせてもらっています。
この夏までは月に2、3本、お仕事があるかないか。最近は1日に2、3本はお仕事をさせてもらうようになました。夏以降は休みもなく、半日ほど時間が空いたら、とにかく部屋の掃除にあてるという毎日です。本当に、急に変わりました。感謝しかないですけど、中居正広さんや竹内結子さんらがおもしろいと言ってくださって、あれよあれよという間にお仕事を頂戴していた感じです。
そもそも、私は小学校、中学校、高校とバレーボールをやっていまして。本当に、本当に、本当に練習がつらかったんです。大変な中、心を救ってくれたのが「お笑い」でした。小さい頃から、どちらかというと、ひょうきんというか、人を笑わせる側の人間ではありました。バレー部でキャプテンをやったりもしたんですけど、練習でしんどい中、みんなを盛り上げるために笑いは大切ですし、厳しい練習の中で、自然と笑いの力を感じてはいましたね。

シェアする

フォローする