「湯が出るだけに悔しい」農地に温泉、営業15年に幕 熊本地震で被災

熊本地震から約半年。やっとほとんどの仮設住宅が完成し、車の中などで夜を過ごす人が少なくなってきました。しかしそれでも仮設住宅。大人数で狭い家の中にぎゅうぎゅう詰めで暮らすのはストレスがたまるものです。一刻も早く自分の家と呼べる場所が作られるといいのですが、現状は難しそうですね。宿泊施設や観光名所として商売をしていた人たちはこの震災によって客足が途絶え、廃業へと追い込まれいます。いくらいい温泉がわき出ていたとしても、お客さんが来ないのでははじまらない。湧き出ているだけに廃業となるのが悔しいと語っています。

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阿蘇山麓に広がる熊本県南阿蘇村。「地獄」「垂玉(たるたま)」と伝統ある名湯が並ぶ一帯で、一軒の小さな温泉が短い歴史に幕を閉じる。農業用の水を求めるうちに湯が湧き出て始まった「蘇峰温泉ゆうやけ」(同村河陽)。障害者に優しいバリアフリーの造りが親しまれたが、経営する後藤司人(もりと)さん(61)と妻の智子さん(57)は、熊本地震で被災した施設の再建を諦めた。湧き続ける湯に後ろ髪を引かれつつ、心を決めた。
田んぼの脇を掘削、58度の湯が湧き出た
「自然を観光に生かすのは難しいね」。12日の昼すぎ、4日前に噴火した阿蘇山・中岳の噴煙を山越しに見ながら、司人さんはつぶやいた。瓦は落ちて柱はゆがみ、地面の亀裂に草が生い茂る。半年前のまま時が止まったようだが「湯は変わらず出るんですよ」。火山の恵みを受けて15年続いた温泉は、大地の異変によって終止符を打たれた。

開業の発端は、智子さんの父、偉裕(ひでやす)さん=2008年死去=が農業用水を求め、田んぼの脇を掘削したことだった。58度の湯が湧き出た。農業には使えない。偉裕さんは「ここで温泉をやる」と言いだした。

こぢんまりとした施設でも、開業するには数千万円の投資が必要だった。夫と村で学習塾を経営していた智子さんは夫婦で大反対したが、父の熱意に押されて01年に開業し、家族総出で手伝うことになった。
「湯が出るだけに悔しい」
玄関から浴槽まで完全バリアフリーにこだわった。長男の裕弥さん(30)が自閉症で、家族でゆっくり出掛けることができなかった経験から、障害を気にせず過ごせる温泉を目指した。「ここしか入れない」と障害者の常連が根付いた。100%源泉掛け流しの湯も人気になった。

地震で温泉施設は大規模半壊し、隣の自宅は全壊した。周囲の同業者は大きな被害を受けながらも、再建を目指して動き始めた。避難生活の中、常連客からは差し入れとともに再開を望む声が届いた。ただ、夫妻は「神様が決めたこと」と閉館を選んだ。ゼロからやり直す体力も気力も、もう残っていなかった。

「湯船から見る夕焼けは最高だった。湯が出るだけに悔しい」。思いもよらず村の主要産業である観光に携わった後藤夫妻。その復興を、少し離れた立場から見つめていく。

=2016/10/14付 西日本新聞朝刊=

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