少女「無期懲役に」監禁2年の思い明らかに

この事件は当時中学一年生だった女の子を、二年間自宅に連れ込み監禁したとして寺内樺風被告が逮捕されていました。被害者である女性は彼の無期懲役を望んでいるようです。この事件の内容を聞くと、一緒に外出もしていたし逃げようと思えばいくらでも逃げられたのではないのか、と思われた方もいるでしょう。しかし誘拐監禁という恐怖の中で、洗脳され逃げるという選択肢すら出てこない状況だったのかもしれません。大切な時期に学校に通うこともなく一人の男とだけ深くかかわっていたのです。今後の彼女の人生を大きく左右する事件でした。被告は監禁当初は監視していたが、その後は監視していたという意識はないという事でしたが、それでも被害者からしたら恐怖の中での生活だったでしょう。

image

埼玉県朝霞市で、当時中学1年生だった少女を誘拐し、2年にわたり監禁した罪などに問われている男の初公判が開かれた。少女は2年間、どのような思いで過ごしてきたのか。裁判で、その一端が明らかになった。

【事件概要】

■寺内樺風被告(24)は、大学生として普通の生活を送る裏側で、異常な犯罪に手を染めていた。

■寺内被告は、2014年3月、埼玉県・朝霞市で当時中学1年生だった少女を誘拐し、約2年間、千葉市や東京・中野区の自宅に監禁。少女に重度のPTSD(=心的外傷後ストレス障害)を負わせた罪などに問われている。

■2016年3月、寺内被告の自宅から逃げ出した少女が、公衆電話で助けを求め、逮捕につながった。

■寺内被告は「中学生の頃から、女の子を誘拐したいという願望があった」と異常な誘拐願望を語っていた。

【初公判…「監視していた意識ない」】

■逮捕から約半年がたった27日、さいたま地裁で、初公判が開かれた。

■裁判長から、起訴内容について問われると、寺内被告は「誘拐して数日から数週間は監視していましたが、それ以降の2年間は、外出もしていたので、監視していた意識はありません」と、はっきりした口調で、一部を否認した。

■さらに、外出する際、内側から開けられないようドアに付けていた鍵については「接着剤で簡易的に取り付けていた程度で、簡単に取り外せるものでした」と語った。

【臓器売買ちらつかせ―】

■一方、検察側は、冒頭陳述で、犯行は計画的だったと主張した。

■当時、千葉市で1人暮らしをしていた寺内被告。計画を実行に移したのは、自宅から約50キロ離れ、土地勘もない埼玉県・朝霞市だった。偽造ナンバープレートを車に取り付け、下見を繰り返したという。

■誘拐直後には、自分で作った臓器売買に関する音声データを聞かせた上で「両親は借金があり、あなたの臓器を売ろうと考えている。そこで、私が保護する」という作り話をしたという。その後、約2年にわたり “監禁”生活が続いた。

【自作のドラッグ飲ませる】

■寺内被告とたびたびドライブに出かけていた大学の同級生は、日本テレビの取材に対し「小さい女の子がいた時に、それに対して、『ちょっと連れて帰りたいな』という発言はありました。軽く注意はしたんですけど」と語った。

■その時にはすでに、誘拐を実行に移していた寺内被告。検察側は初公判で、寺内被告が少女の洗脳を試みていたと主張した。

■寺内被告は「君は家族から見放されている。帰るところはない」と繰り返し言い聞かせると共に、洗脳が進むよう、幻覚作用のある薬物に似たドラッグを自分で作り、少女に飲ませたという。

【“自分探す両親の姿”心の支え】

■法廷では、少女が監禁中に書いたメモも読み上げられた。

■「家族と過ごしたり、友達と笑い合っていた元のように戻りたい。早く寺内を捕まえて。私の生活を返してよ。早く。早く」

■実は少女は、誘拐の翌月、2度、部屋から脱出し、公園にいた人に助けを求めたといいう。しかし、「忙しいから無理」などと言われ、全く話を聞いてもらえず、ショックを受けて絶望したという(供述調書より)。

■そんな少女の支えになったのは、パソコンで見た記事だった。そこには、自分を探し続ける両親の姿があった。「両親の記事を読み、涙が出てきました。両親は、受けいれてくれる、大丈夫だと思いました(供述調書より)」

【少女「無期懲役にしてほしい」】

■そして、2016年3月、寺内被告のもとから逃げ出し、無事に両親との再会を果たした少女。寺内被告に対しては「一生刑務所から出てこられない無期懲役にしてほしい」と供述調書にあるという。

■一方、弁護側は冒頭陳述で「寺内被告は、中学でいじめを受け、社会からの疎外感を感じた」などと、事件につながる過去について述べた上で「被告は事件当時、統合失調症だった可能性が高い」と主張した。

■弁護側は今後、精神鑑定を行うという。

シェアする

フォローする