性教育啓発で法人立ち上げも 元AV女優紅音ほたるさんが伝えたかったこと

元AV女優の紅音(あかね)ほたるさんが32歳という若さでこの世を去りました。生前はAV業界を引退後、コンドームの大切さや、HIV、性病や疾患などの怖さを訴える活動をしていたそうです。そんなこと全く知らなかったので驚きです。今は亡き飯島愛さんに憧れて、彼女が活動していたガールズガードという団体を引き継ぐ形で運動していたようですが、コンドームを付けずに性行為を楽しむ若者に、もっとそのリスクを知って欲しいと語っていたそうです。どうしてこんなにも早く彼女がこの世を去ることになったのか、その真相はわかりませんが、なんだかここ理にぽっかり穴が開いてしまったかのような虚無感が残ります。

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元AV女優の紅音(あかね)ほたるさんが先月、死去した。32歳という若さだった。生前、HIV予防やコンドームのつけ方など性教育の啓発に取り組み、2010年には一般社団法人も立ち上げた。紅音さんが伝えたかったことは何か。ともに活動してきた赤枝六本木診療所院長で衆議院議員の赤枝恒雄氏の言葉とともに振り返る。
「毎月第二火曜恒例の渋谷モヤイ像前コンドーム配布♪」

亡くなる2か月前の7月12日のツイッターで紅音さんはこう呼びかけた。「つけなアカンプロジェクト」と銘打ち、渋谷で若者たちにコンドームを無料配布していたのだ。ツイッターではこうした投稿が定期的になされていた。

きっかけは「ガールズガード」という活動と、同じく元AV女優でタレントとして活躍した故飯島愛さんだった。

ガールズガードとは、産婦人科医の赤枝氏が1999年に東京・六本木で始めた活動。当時は第二次援交ブームといわれ、望まない妊娠や性感染症に苦しむ10代の女の子が増えてきたため、六本木のハンバーガー屋の一角に、無料相談室を開設した。その後、ガスパニックというクラブバーでコンドームのつけ方教室を、同じくクラブバーのジャマイカで無料エイズ検査を行っていた。こうした活動に当初協力していたのが飯島さんだ。

●飯島さんにあこがれて
しかし、飯島さんは2008年12月に亡くなってしまう。紅音さんはその後を引き継ぐ形でガールズガード運動に参加した。赤枝氏は「紅音さんは飯島さんにあこがれて来た」と振り返る。同じ元AV女優で性教育の啓発に取り組む飯島さんに共感する部分があったのだという。
紅音さんはAV引退後、次第にガールズガードの活動に没頭していく。

ガスパニックでは週1回、多くの人に、コンドーム装着への意識を高めてもらうために、男性らにコンドームの正しいつけ方を一緒に教えた。この教室では高校生ら若いカップル同士でもつけ方の練習をしてもらった。同じく週1回、無料エイズ検査を行っていたジャマイカでは、店前の人通りが少なく、厳しい現場だった。しかし「冬の寒い日もずっと道端に立って『検査を受けませんか?』と呼びかけていた」という。

「取り組みの姿勢は非常に真面目だった。仕事がない日はほぼ毎回来てくれた。紅音さんが教えてくれるからとコンドーム教室に参加した男性も多くいた。ありがたかった」と感謝する。

●リスクを知らない

赤枝氏や紅音さんは、なぜここまでコンドームをつけることを強く訴えるのだろうか。

「若者たちはセックスのリスクを知らない」。赤枝氏はこう警告する。

ガールズガードの活動を続ける中で、赤枝氏はたくさんの10代女性の性をめぐる現状を見てきた。相談室には、妊娠が進行して中絶もできないような「手遅れ状態」で来る10代が多くいたという。話を聞いていく中で、若者たちがコンドームをつけずに、肛門性交や3人以上での性交など無謀で危険なセックスをしている実態も分かった。

性感染症に苦しむ女の子たちも多かった。2000年当時に赤枝氏らが六本木交差点周辺で行った調査では、受診した125人中(平均年齢18.7歳)のうち、28.8%が「性器クラミジア」、9.6%が「淋菌」、3.2%が「性器へルペス」に感染。性感染症の一種である「膣カンジダ」(49.6%)まで含めると、8割超が何らかの性病や疾患を抱えていた。

エイズの危険性もある。赤枝氏のもとに駆け込んだ中には、中2でエイズになり、20代で亡くなった女の子もいた。彼女は毎週末の金土日にクラブで徹夜で踊りにあけくれる生活を送っていたという。

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