歌舞伎町ビル火災15年 力尽きた人、折り重なり…救急隊員「二度とあってはいけない」

以前何かの番組で再現VTRで当時の事件のことを見たことがあるのですが、雑居ビルの中の避難経路は全く機能していなく、乱雑に積まれた荷物により行く手を阻まれた人たちが、火災が起こる建物の中で徐々に死んでいくという悲しい事故でした。万が一の時に逃げ場が確保されていないような建物にしておかないのが一番ですが、自分自身でいつ何が起きても逃げ道を確保できるように、避難経路を確認しておくといいでしょう。とはいってもそんなことをしている一般人は見たことがありません。消防士など職業柄確認してしまう人はいるかもしれませんね。

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44人が死亡した東京・歌舞伎町のビル火災から1日で15年。救急活動にあたった菊池真紀夫消防司令(53)=現第6消防方面本部課長補佐防災係長=が、産経新聞の取材に応じた。犠牲者が折り重なるように倒れていた凄惨(せいさん)な状況を振り返りながら、時間の経過が火災の記憶を風化させつつあると感じている。(三宅令)

◆排煙口の下

平成13年9月1日午前0時59分、東京・歌舞伎町の雑居ビル「明星56ビル」から火災発生の一報が入った。「あれならすぐに終わりそうだ」。東京消防庁新宿署救助隊長だった菊池さんは黒煙が細く立ち上る様子を見て、こう感じたという。だがその期待は「逃げ遅れが大勢いる」という指揮隊の一言で吹き飛んだ。

ビル内部では唯一の脱出経路である階段が激しく燃え、足元の陶器製のタイルは炭のように赤く光っていた。

金属の階段柵が熱で液体となって滴り落ちる中、出火元である3階のマージャン店「一休」にたどり着く。奥の厨房(ちゅうぼう)に1カ所だけある2メートルの高さの排煙口付近には、そこから逃げだそうとして力尽きた人が折り重なって倒れていた。

“地獄絵図”は4階の飲食店「スーパールーズ」にも広がっていた。火の勢いは弱かったが、階段にはあちこちに荷物が置かれ、通路としての機能を失っていた。窓もなく、室内にいた28人全員がなすすべもなく息絶えていた。

「避難路の確保など防火対策を取っていれば助かった人はたくさんいただろう」。やりきれない思いを今も抱えている。

◆法改正後も

火災がきっかけで消防法が翌14年に大幅に改正されたが、大規模な火災は後を絶たない。19年1月には兵庫県宝塚市のカラオケ店から出火し、8人が死傷。消防法が義務づけている防火設備がなかった。27年10月に広島市中区で6人が死傷した雑居ビル火災では、避難誘導訓練が行われていなかった。

菊池さんは「時がたつにつれ、防火意識が薄れている」と危機感を口にする。新宿消防署では年1回、雑居ビルの避難通路の確保状況などを調査しているが、雑居ビルはテナントが短期間で入れ替わるため、調査が追いついていないのが現状だ。

「それでも辛抱強く指導していくしかない。あんな悲惨な火災は二度とあってはいけない」。菊池さんは力を込めて話した。

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