葵千恵

毎日実例を挙げるのが面倒なほどオレオレや架空請求詐欺が横行してますけど、その際に良く聞く注意喚起が「手口は常に巧妙になっている」や「絶対騙されないと過信してる者ほど被害に遭う」とあります。私めも実際後者側である過信が過ぎる分類に放り込まれるのでしょうが、自分としては過信ではなく理屈として断言できるだけなんですよ。例えどのような指向の形態に詐欺が意向しようとも、引っ掛からない為の大前提が一つあります。トラブル「発生時点」から解決するまでの「外部から来た情報」を全て信用しないこと。声も性格も容姿も職業も所属も全部関係ありません。訪問した人間は詐欺犯で、鳴り響いたコールは偽電話で、送られてきた封書やメールは全てでっち上げでしかないと思ってください。まあ相手を怒らせない範囲の対応でって前提はありますが。その上で事実だったときの為に念を入れて真偽を確認するのです。ただここで注意すべきことは、先の三点から得た情報は一切きり離して単独で最初から事に当たること。例えば相手が企業名を語るならネットや口コミで実態や電話番号が実在するかを調べる。ただし得た情報内でのネットのURLやメルアド、電話番号などには絶対アクセスしない。ついでに家族・友人・110番など既に安全性が確かな手段のみを頼れば、簡単にその手の詐欺に引っ掛かることはありえません。その上で万全を期すならば、先の「安全である」という思い込みすら疑い、常に金銭が絡む外部からの話には2~3ヶ所の人間の話を聞いて判断すべきですね。

水で濡れているわけでもないのにこの薄生地の張り付き方。控えめに表現しても最高なのでは?

未知とは畏怖であり関心であり希望とも呼べます。ただしこの状況はパンドラと呼称するほど重くはありませんね。

服が吸い込まれるかのように密着フィット。差し詰め下のクッションはまな板といったところでしょうね。

ひたすら表情を変えず唯微笑みこちらが踏み込むのを待ってくれています。

どんなポーズを取ろうともこのプロポーションの前では繊細な芸術品のように扱わざるを得ません。

シェアする

フォローする